ベートーベンはなぜ今も有名か?
ベートーベンは1827年に死去している。
死去してから187年経過する。
にもかかわらずなぜ有名なのか?
なぜ今も聴かれているのか?
それは、ベートーベンが音楽を表現することの難しさを直感的に理解していたからであると考える。
日本でも良く知られている交響曲第九番、いわゆるダイク、である。
この曲、金管楽器はトランペットとホルンとトロンボーンしか使われない。
使われている金管楽器のうち、ホルンとトロンボーンは今聴いても納得のいく使われ方をしている。
しかし、トランペットはどう聴いても納得のいく使われ方をしていない。
いわば「点で支える」という使われ方である。
これは、当時の楽器の能力を考えると納得できる。
すなわち、トランペットは出せる音に制限があったのだ。
いまのトランペットは歌を歌うようにメロディーを演奏できる。
ところが、ベートーベンの当時は、今のトランペットからは想像できないくらい不便なものであった。
ベートーベンは、当時のトランペットが出せる音の範囲でこの楽器を使用した。
現在では考えられないほどの制限がそこには存在する。
しかし、ないものねだりをしてもお話にならない。
目の前に存在するツールを使用するしかないのだ。
その制限を顕著に聴くことができるのは、四楽章の冒頭だ。
不協和音が鳴り響くこの場所で、トランペットはほかの楽器が奏するような不協和音は出していない。
和音の構成音で出せるものだけを出す、という感じだ。
そのため、現在の演奏では、指揮者によってはトランペットにほかの楽器と同じように演奏させることもある。
しかし、それには賛成できない。
はたしてベートーベンは、当時の楽器が現代の楽器と同じ能力を有していたら、その指揮者が演奏させるように作曲したであろうか?
おそらく、その指揮者がさせるのとは違う使い方をしたと考える。
その楽器に制限がなければ、その楽器にもっともふさわしい、もっとも効果が上がるように作曲するはずだからである。
そうでないのなら、たとえば、現代のティンパニはペダルやスイッチでどんな音も出せる。
なのに、なぜ現代の指揮者はあの冒頭でそういう使い方をしないのか?
だから、ベートーベンは楽器に制限がなければないで、また別の使い方、もっとも効果があがる使い方をする、したはずである。
目の前にあるツールだけで最大の効果を得る。
表現することの難しさを熟知したものだけが可能なものであろう。
古今東西の偉人たちは、それを無意識のうちに理解し、実行した。
それゆえ現在も存在感を示しているのだと考えている。
